【開高健風】ドイツからを喰らう。あるいは、男の孤独な晩餐。


地中海の蒼と、男の胃袋について

旅に出る理由は人それぞれだ。逃避、発見、あるいは単なる移動。
しかし、私の場合は常に「飢え」であった。
腹の底から湧き上がる、どうしようもない渇望。
それは単にカロリーを摂取したいという生理的な欲求ではない。
未知なる味覚、未知なる風景、未知なる感動を咀嚼し、嚥下し、我が血肉としたいという、もっと根源的で、あるいは野蛮な衝動だ。

今、私の目の前には、圧倒的な「蒼」が広がっている。
地中海だ。
空の青とも、インクの青とも違う、深く、濃く、そしてどこか残酷なまでに美しい蒼。
その水面が太陽を弾き返し、無数の宝石をばら撒いたように煌めいている。
風は乾いていて、微かに潮とオリーブの香りを運んでくる。
私は安っぽいプラスチックの椅子に身を預け、冷えた白ワインのグラスを傾ける。
結露したグラスの表面を指でなぞりながら、これから始まる饗宴に思いを馳せる。
至福、と言ってしまえば陈腐だが、他に言葉が見つからない。

人間は、なぜ食べるのか。
生きるため? 否。
我々は、味わうために生きているのだ。
舌の上で転がる食材の命、喉を通り過ぎる時の温もり、胃袋に落ちた時の重み。
その一瞬一瞬にこそ、生の輝きが宿る。
ここ地中海の食卓は、まさに生命の賛歌だ。
飾らない、気取らない、しかし力強い。
太陽と大地と海が育んだ命を、そのまま皿の上に載せたような、暴力的なまでの生命力。


オリーブオイルという名の黄金の血

皿に並べられたのは、ただのトマトとチーズだ。
カプレーゼなどという洒落た名前がついているが、そんなものはどうでもいい。
ただ、真っ赤に熟れたトマトと、雪のように白いモッツァレラ。
そこに、惜しげもなくかけられたオリーブオイル。
これがすべてだ。

フォークで突き刺し、口に放り込む。
酸味と甘味、そしてミルクのコク。
それらをまとめ上げるのが、この黄金色の液体だ。
ピリッとした辛味と、青草のような鮮烈な香り。
決して脇役ではない。
地中海料理において、オリーブオイルは調味料ではなく、ソースであり、スープであり、血液なのだ。

古代の人は、オリーブの木を神聖なものとした。
その理由がわかる気がする。
この油には、太陽の熱と、大地の養分が凝縮されている。
一滴口にするたびに、身体の奥底からエネルギーが湧いてくるようだ。
単純で、明快で、揺るぎない美味。
複雑な技巧など必要ない。
素材が本物であれば、ただそれだけで芸術になるのだ。


……ふと、現実に戻る瞬間がある。
地中海の風に吹かれている妄想から覚め、狭い自室の天井を見上げる時だ。
だが、旅に出られないからといって、冒険ができないわけではない。
現代には、指先一つで未知の世界へ飛び込める「扉」がある。
例えば、こんな風に。

男の好奇心を刺激する一品

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魚介との格闘、あるいは対話

メインディッシュが運ばれてきた。
アクアパッツァ。狂った水。
なんとも魅力的な名前ではないか。
大皿には、巨大な白身魚が鎮座している。
周りにはアサリ、ムール貝、そしてまたしてもトマトとオリーブ。
湯気と共に立ち上る磯の香りが、私の鼻腔を強烈に刺激する。

私はナイフとフォークを構え、魚との格闘を開始する。
皮はパリッと焼かれ、身はふっくらとして、骨からほろりと外れる。
スープを吸ったその白身を、貪るように食らう。
美味い。
理屈抜きに美味い。
魚の旨味、貝の出汁、トマトの酸味、オリーブの塩気。
それらが渾然一体となって、私の舌を蹂躙する。
これは料理ではない。海そのものだ。

骨の周りの肉が一番美味い、というのは真理だ。
行儀など気にしていられない。
指を汚し、骨までしゃぶり尽くす。
生き物の命を奪い、己の血肉とする。
その罪深さと、業の深さを噛み締めながら、ただひたすらに喰らう。
これこそが「食べる」という行為の本質ではないか。
お上品に切り分けて食べるフレンチも悪くはないが、
今の私には、この野趣溢れる地中海の皿こそが相応しい。


欲望には限りがない。
食欲が満たされれば、次は別の何かが首をもたげる。
それは男としての本能、「種」としての根源的な渇きだ。
美しいものを見たい、触れたい、あるいは征服したい。
その衝動を否定する必要はない。
むしろ、解放してやるべきだ。
この扉の向こう側にある熱狂のように。

今夜だけの秘密の愉しみ

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宵闇とワイン、そして孤独

太陽が水平線に沈み、空が群青色に染まる頃、宴は終わりを迎える。
腹は満たされ、心地よい微酔が全身を包む。
しかし、この瞬間にふと訪れる静寂。
祭りの後のような、奇妙な虚無感。

私は赤ワインを注文する。
どっしりと重い、渋みのあるやつだ。
グラスの中で揺れる黒い液体を見つめながら、思う。
人間は結局、一人だ。
どんなに美味いものを食べても、どんなに美しい景色を見ても、
その感動を完全に共有することなどできない。
味覚も、視覚も、すべては個人の内側で完結する感覚に過ぎない。
私たちは孤独だ。
だからこそ、こうして何かを求め、彷徨い続けるのかもしれない。

グラスに残った最後のひと口を飲み干す。
喉の奥に熱い塊が落ちていく。
孤独は悪いものではない。
それは自分自身と向き合うための、贅沢な時間だ。
今夜はこの余韻を噛み締めながら、眠ることにしよう。
明日はまた、別の風が吹くはずだ。


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